これを「アクションコメディ」と呼ぶのは、『パルプフィクション』をそう呼ぶのに近い。ほぼ詐欺である。「天使の処刑人」も、ど直球の詐欺案件。作りとしてはチュルヒャー兄弟『ガール・アンド・スパイダー』とかに近い感触の映画だと思う。
とは言え、物語は、タランティーノばりにケレン味たっぷりのガンアクションから幕を開ける。そこでのいくつかの些細な違和感は、2010年代的なケレン味の中で回収されるかと思いきや、シアーシャ・ローナンとアレクシス・ブレデルによる「美少女殺し屋コンビ・バイレット&デイジーの日常」という今では「ベビわる」に継承されるスキームの中で、じわじわと膨らんできてしまう。ドレスが買いたいから割りの良さそうな殺しの仕事を請ける、というところまではわかるが、組織のメンバーであるラス(演じるはダニー・トレホ)と手遊びしている姿を、従来の「ケレン味」で処理するのは難しい(二度言うが、演じるはダニー・トレホだよ)。
次なる処刑のターゲットが留守だったので、銃を持ったまま眠りこけてしまう二人。帰ってきたターゲットは、こともあろうに眠る二人の殺し屋にやわらかな毛布をかけて、自分も眠ってしまう。完全にプロ意識の欠落した「凄腕」の殺し屋二人であるが、その二人が眠るソファのすぐ後ろの壁には、ターゲットの娘とおぼしき写真が飾られていて、さっきまで留守番電話でターゲットを罵倒していたのも、この娘なのであろう。この不在の娘の写真は、執拗に二人の間に配置される。まるでそこにターゲットと対峙する「3人の娘」がいるようにも見える。
劇伴はほとんど鳴らないため、静寂の中、ターゲットと「3人の娘」の対話が始まる。組織に対して盗みを働き、追われる身になってしまうターゲットは、同時にライバル組織の方にも同じような裏切りを行っていて、都合二つの対立する組織に追われている状態。ターゲットが危機的状況に陥る度に銃弾を使い果たすバイオレットとデイジーは、その都度、近所の闇ショップまで銃弾を調達にでかけなければいけない。こうして、処刑までの時間は引き伸ばされ、弛緩していく。
無垢なデイジー(シアーシャ・ローナン)が、ターゲットとの対話を通して仲を深めていく一方で、神経質なバイオレット(アレク シス・ブレデル)はその悪夢的な時間感覚の中でいくつものオブセッションに囚われ、自分を見失っていく。かつて失ってしまったパートナーのローズ、何かを足で踏みつけにする事(「けんけんぱ」のことを、英語では「Hopscotch」と呼ぶらしいです)、飛行機の影と事故。この「容易い仕事」にいかなる結末が用意されているか、も大変な関心ごとではあるが、それ以上に気になるのは、仕事を終えた二人の「美少女殺し屋コンビ」は、何事もなかったかのように、あの部屋での生活を再開させるつもりなのだろうか、ということ。
章立てになっているこの物語が、9章だけ「9A」と記されていたことに注意したい。いくつかある結末の一つで、個人的には一番突拍子もない展開がチョイスされたと感じたが、肝心なのはこれが「9B」であっても「9C」であっても、続く「One More Thing」はきっと変わらなかったであろうこと。それは、ドレスを着たデイジーに、ターゲットが「エイプリル!」と怒鳴った時点で決まっていた結末だったはず。バイオレット、デイジー、ローズ。そして娘の名前は、エイプリル。まるで春の小さな花壇を見ているような映画だったと思う。