『中国の植物学者の娘たち』という映画を観ながら昼食を摂っていたら、仕事が忙しすぎて急遽妻が戻ってくることになり、ウキウキしていた。映画の内容はというと、すっごい上品なエロスが充満していて、鼻頭が痛くなるような心持ち。1976年の地震で両親を亡くし、孤児となったリー・ミンが、実習生として向かった植物園で、植物学者の娘・チェン・アンと出会い、惹かれ合う。
まずは、孤児であるリー・ミンの孤独があり、島で強権的な父親と二人暮らしするチェン・アンの孤独がある。表層には表れないレベルで の孤独が、二人を強烈に引き合わせることとなるのだが、男性優位社会における強烈なミソジニーの発露が、この関係を秘密の中に押し込めてしまうことになる。そうした、社会の空気をまとったスリリングな状況と、「毛沢東万歳!」と唱える九官鳥が象徴する「文化大革命の残り香」みたいなものが、世間と切り離されたような植物園で絶妙にリンクして、二人を世界から孤立せしめる。
エロスは、露骨に露悪的に描かれるのではなく、例えば蒸した松脂をグチュグチュと脚で踏みつける上気した身体、などに象徴的に現れる。普段の生活シーンからは想像もつかないような、彫刻的な肢体を持つチェン・アンの裸体が、二人の分かち難い結びつきに説得力を持たせている。