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ミッドサマー

強烈なトラウマを経験し、何かに依存して生きざるを得なかった人間が、圧倒的なカルチャーショックの末、遂に主体性を取り戻す物語…と書くと、まるでホラー映画のストーリーとは思えないのだ。『へレディタリー』アリ・アスター監督の長編第二作目。エンドロールが終わると、初日満員の客席が異様な空気とざわめきを湛えていた。

フォーク・ホラーの系譜として語られる本作。この「フォーク・ホラー(Folk Horror)」なるジャンル、僕はBandcampの記事で初めて目にしたが、そこからもリンクされているBFIの記事にも詳しい。パッと連想したのは傑作『ウィッカーマン』(1973年。絶不評のニコラス・ケイジ版は未見)や、アニャ・テイラー=ジョイの出演する『ウィッチ』(2016年)だが、特に名高い『Blood on Satan's Claw』(1971年)や『Witchfinder General』(1968年)など、その多くが日本未公開。『シャーロック』のマイクロフト役でおなじみ、マーク・ゲティスによるBBCのドキュメンタリー『A History of Horror - Home Counties Horror』が2010年に放送されたことで、この用語が広まったと書かれている。(このジャンルについてはもう少し勉強して、後日書いてみたい)

Where to begin with folk horror | BFI
https://www.bfi.org.uk/news-opinion/news-bfi...

A Guide Through the Haunting World of “Folk Horror” | Bandcamp Daily
https://daily.bandcamp.com/lists/folk-horror...

ここで語られるように、フォークホラーとは「土地に根ざした恐怖」、つまり打ち棄てられた路地、寂しい水辺、暗い土地に出没する幽霊など、「フォークロア」として漠然と皆が抱いている恐怖(日本人だと『日本昔ばなし』に感じるような恐怖だと思う)と近しいものとして意識されていたサブジャンル。「ホルガ(Hårga)」という北欧の小さな村を舞台に、土着の儀式、マナーやしきたりの恐怖、不気味さが描かれている点、『ウィッカーマン』のように、異なる風習に恐怖を感じ追い詰められる点、その恐怖の源泉がある種の「美しさ」にあるところ、また舞台や建築物(ホドロフスキー『ホーリー・マウンテン』を想起したのは僕だけではないはず)、人々の服装、食事などのルックが、極めてフォークホラー的であるのは確かである。

しかしながら、気をつけないといけないのは、ルックや雰囲気の類似がすなわち構造自体をトレースしているとは限らない点である。本作においてあくまで重要なのは、そうしたフォークホラー的な状況に叩きこまれたカップルがその危機にどう対峙するのか、というサスペンス一般の物語構造に落とし込んであるところであると思う。こうした強烈なシチュエーションにおいて描かれるのは、「異なる風習、野蛮な人々、怖いですよね〜」といった抽象化の果てに他人事化できるようなプロセスではなく、そうした外部因子を前にした「普通の人々」の激しい反応である。異常な状況が、観客の立脚する現実と地続きになる。そうしたストーリーテリングが自覚的に行われているが故に、フィクションにおける他人事の恐怖が本質的になるのだろう。

あるサブジャンルの中で作られた映画が、ある種の俯瞰目線による越境とアマルガム的な交配行為を以て、そのジャンルの限界を打ち破り拡張するような傑作になることがある。アリ・アスターは既に二度もこの快挙を成し遂げており、ジャンル映画における本当の革命家だと思う。この監督はいずれより大きなプロップス、例えばカンヌやオスカーなどをものすることになるだろう。それほど、普遍的な強さのあるドラマだった。

MCATM

@mcatm

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