Post

M-1グランプリ2024

過去一と言っても差し支えないような内容でM-1グランプリ2024が終わって、ビールにハイボールを飲み切った俺は、半分吐きそうになるまで飲んで眠った。高比良くるまの言ってること「連覇したら盛り上がる」の真意が分からず、基本的に2023年よりもレベルの下がった令和ロマンに誰も勝てずに連覇なんてことがあったら白けるどころかM-1終わりだろ、とか思っていたのだが、蓋を開けてみたら「去年よりも凄いパフォーマンス」で連覇するという結果で大盛り上がり。こんなん「言うは易し」ですから、実際にやり遂げたのが凄すぎる。一本目の名字ネタは「しゃべくり漫才の完成系」と言っても良いぐらいの達成だったし、二本目の時代劇はニンまで乗ってしまった。完全に、俺の、負けです。2024年12月22日は、高比良くるまの時代が始まった日として記憶しておいても良いと思う。素晴らしかった。

というのも、この日は同時に、松本人志の時代の終わりの日だったとも思うので(Not松本人志終わりの日。念の為書いておくと、俺は松ちゃんは未だに凄い能力者だし、可能なら復帰して欲しいと思ってます)。今年のM-1は、令和ロマンが連覇したり、松本人志が審査員として復帰したら、しらけちゃうなーとか思っていたんですが、前者は俺の負け、後者は本当に新しい審査員が素晴らしすぎて何の違和感もなかった。M-1前からオードリーファンだった俺としては、若林くんが審査員として登場した時、ちょっと泣きそうになってた。

「令和ロマン連覇」の傍ら、バッテリィズがバカウケして売れるの確定してたり、エバースが過去ネタを完璧に披露して全国放送自己紹介したり、とにかくみんなしっかりハネてよかった(ママタルトはいつも面白いから大丈夫)。何より、字義通り「天才」なのは真空ジェシカ・川北なのだ、ということも再確認できた。一本目は過去ネタでカッチリ決めた後の二本目「ピアノが膨張していくアンジェラ・アキという化け物」の漫才コントは、ある一つの物語として完成させるにはあまりにハードルが高い、表現力と技術がないと持て余してしまう種類の素材。結果として現出した新しいスタイル、というものが、僕らに突きつけてくるものは大きい。穿った見方をすれば、「ただ笑って見てればいいんだよ」というお笑い業界の姿勢に対して反旗を翻して、視聴者に多大な圧をかけているのだ、川北は。歓迎すべき姿勢だと思う。

M-1に先駆けて「お笑い業界の批評フォビア」について、考えを深めたいと思っていたので、くるまの『漫才過剰考察』、NON STYLE石田『答え合わせ』を読んだ。それぞれとても面白いんだけど、やはりどちらも「批評」としての体裁ではなく、技術書と結局業界裏話みたいなところに落ち着いてしまうきらいがある。ユリイカ『お笑いと批評』も、芸人のページは今のところそんな感じ(鈴木ジェロニモのエッセイはほぼ散文詩でそれはそれで面白かったけど)なんだけど、美学者の鈴木亘さんの文章がまさに読みたかった「お笑い批評」であって、ああやっぱこういうアプローチはありじゃないか、と思った。俺はやらないので、こういう批評家がドンドンでてきてくれたらいいのになあ。鈴木亘さんのお笑い評論はNoteでも読めるのでぜひ。


敗者復活戦は、「決勝には届かなかった人たち」の戦いとして、すごく納得のいく内容だった(観客票は常に納得いかなかったけど)。5本に1本ぐらいの確率でとんでもなく良いネタを持ってくるダンビラムーチョ。去年の勝負ネタ「キャバクラ」で完璧なパフォーマンスだったスタミナパン。全盛期のあの感じが戻ってきてるオズワルド。松ちゃんの気持ちが乗ってたひつじねいり、辺りが好きでした。

MCATM

@mcatm

もっと読む