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やっぱガッツリと録音し始めると、ゲームやってる暇はないな、と実感。昨日古いの二曲、今日新しいの二曲。俺、今、SSWとして黄金期迎えてるんじゃないかっていうぐらい、すっごい良い曲出来てるんだけど、信じてもらえないんだろうなと高を括っている。全然問題なし。昨晩、月見湯で外気浴しながら、むすこと話していたことを思い出した。

むすこは今、塾でScratchの勉強をしていたり、自宅で動画編集やってたり、自分で新聞書いたりしてるんだけど、どれも上には上がいるっていうことに気づき始めており、そうするとやる気が無くなってしまう、と言う。おとうさんも、そういうことないか?と。確かに若い頃は「何であいつのCDがあんなに売れているのに、俺は誰からも相手にされていないのだろう…」的な怒りやモヤモヤと隣合わせで生活していて、それは確かに自分を鼓舞してくれるものでありながら、しかし一発触発であった。自分の場合は、たびたび酒に逃げたし、初めて作品が全国流通に乗る前週ぐらいに、渋谷のタワレコで面出しのCDに呪詛を浴びせながら泣いてたことがあって、それは素面だった。よくする話なんだけど、一番ヤバかった。でももうそういうのは、すっかりどうでも良くなってしまったな。自分自身と、音楽史との戦いでしかなく、そうした内面で起こっている闘争が一番果てしなくて面白い、ということに気づいてしまったってことなんだと思う。外側から見ると諦念に見えるかもしれないけど。


今日はトリュフォー『あこがれ』と、ケネス・アンガー『マジック・ランタン・サイクル』より『花火』『プース・モーメント』『ラビッツ・ムーン』の短編を観る。ヌーベルヴァーグの先駆けとして有名な冒頭の自転車のシーンなど、『あこがれ』にはたまらないシーンが沢山ある。トリュフォーの良いファンではない(『大人は判ってくれない』は大好きだけれども)ことを自覚しているので、U-Nextに大量追加された今、改めて向き合おうかなと思わされる良作だった。ベルナデット・ラフォン(『ママと娼婦』の!)が本当に美しく、割と直球で、彼女を撮りたかっただけなんだろうな。

ケネス・アンガーは、屈折した性欲を屈折したまま描いた『花火』が良かったが、他二本は今観てもピンと来なかった。

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