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『シック・オブ・マイセルフ』/ナルシシズムの病的な表出

高級ワインに口をつけては「人が見てるから…」と取り越し苦労。恋人の成功を大声で矮小化し、注目を浴びたい時は嘘のナッツアレルギーが発症する。序盤の一挙手一投足から、後の地獄に至る鍵が詰まっていてクラクラする。芸術家として大成するためには「ナルシシズムが重要」とうそぶく主人公・シグネがまともに見えたのは、「じゃああなたは何故カフェで働いているの?」と問われて「わたしは違うから」と応えるまでのわずかな時間で、それ以降はもうとっくに「自意識の病」に骨の髄まで冒された様を顕にする。

犬に噛まれた人を血まみれで介抱したことをきっかけに、人目に晒されることの快感を忘れられなくなったシグネは、皮膚への重篤な副作用が問題視されているロシアの抗不安剤に手を出す。服用量が増し、まんまと皮膚を腫れ爛れさせていくシグネ。その「事故」をきっかけに、目論見通り知名度を上げていけばいくほど、物語に「不安」が混じり込んできて、実際に起ったことと「不安」が作り出した妄想の区別がつかなくなっていく。病状は深刻になってくると、甘えた空想とは対象的に、現実の悲惨が坂を転がり落ちるように度を増していく。

芸術家として大成しつつある恋人・トマスの成功も喜べず、自分にスポットが当たらない不平等を嘆き、嫉妬から小さな嘘を付き続け、耳目を惹くために誇張されたそのふるまいは場を台無しにする。「何故別れない、トマス!」と心で叫んでいた僕らも、徐々に気付かされる。トマスはトマスでやはり過剰な自意識を持て余し続けた先駆であって、はっきりと同程度にはクソであるので、二人共々地獄に堕ちていくのが良かろう。二人の暴走する自意識が巻き起こす険悪な時間に劇中ニ度も巻き込まれ、いよいよ耐えきれなくなり「あれ?明日早いんじゃなかったっけ?」とこれ見よがしの嘘で見事その場を後にした友人(?)カップルに、現場脇でインタビューした動画があるなら2000円払っても観たい。

皮膚が燃えると、神経が切り裂かれているようなノイズが走り、いつの間にか我々の心理もかき乱されている。見栄と嘘で塗り固めるために引き伸ばされた時間は、編集の手によって容赦なく切断される。映画というアートフォームが、シグネやトマスの醜悪さを断罪している。無言で。

MCATM

@mcatm

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