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蓮舫さんの公約、やっと観た。教育費の問題、都庁のプロジェクションマッピング問題、外苑前伐採問題、関東大震災虐殺朝鮮人犠牲者追悼文問題。聞きたかったことが聴けたので満足した。都知事選挙、投票しましょう。


他者と音楽を作り上げていく時、そこで自らの機嫌で場を支配しようとしたり、時に暴力的になったりする人と一緒にやっていくのには大変なストレスを感じる。おそらくそういう人とは一緒に音楽を作ることは出来ないと思う。あと、客としては、暴力的な場面を見せられるのも苦痛(外食するとよく出くわす)。

でも、バンド内で力場がどのように作用しているのかを、他人が判断することは出来ない。せいぜい、推し量るぐらいのことしか。どこかおかしい人が作る芸術で大好きなものも沢山ある。だから、勝手に他人の力関係のことを勘ぐったりするべきじゃないし、おかしな人の作る芸術を単におかしい人が作ったから、という理由で排除するのはもったいないと思う。ある一つの事象の「おかしさ」を理由に、おかしい人を排除する横暴さ、にもっと自覚的でありたい。(ただ、おかしな政治家や、テレビのような力を持つ媒体を利用しておかしなことをする人は、その限りではない。警戒しなくてはならない)

とか思ったりする水曜日。みなさんいかがお過ごしでしたか?わたしはアリーチェ・ロルヴァケル『幸福なラザロ』を観ました。『チャレンジャーズ』であまりにセクシーだったジョシュ・オコナーの出演する『墓泥棒と失われた女神』の予習として。想像以上に、大変面白い映画だった。

洪水をきっかけに外界から断絶された村で、とうの昔に廃止された小作農として、自由のない貧しい生活を送る人々。少しの明かりを得るための電球さえ、奪い合って使うような生活の中、私欲のないラザロが搾取者である侯爵夫人の息子タンクレディと仲良くなる。事態は悲惨な方向に向かうことを予感させるが、なんというか、中盤でちょっとわけのわからない展開を見せたところから、布を折り返したかのように物語が急展開していく。

冒頭から、一つ一つのシーンが細やかなモチーフを通じて、バトンを渡していくように綺麗な展開をみせる。そうしてほそぼそと繋いできた物語が、折り返した布の端と端、バグパイプで求愛の音楽を奏でてみせた冒頭と、「音楽が逃げていく」終盤が呼応するかのように響き合う。そこにやってきた一匹の狼。月明かりの下、その遠吠えを似せて吠えてみせたラザロとタンクレディの時間が、その狼と共に画面から去っていくように見える。

つうか今観てて驚いたんだけど、アルバ・ロルヴァケルアンドレア・ライズボロー、今までずっと同一人物だと思ってた…。似すぎてないですか?そんなことない?

MCATM

@mcatm

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